雑記

呪いの言葉にいつまで付き合うの?

小学校一年生のときのこと。

教室にいた上級生に「なにこっちみてんだよ、ブス」と言われた。

6歳の私にとっては上級生が教室にいることの方が不思議であって、つい見つめてしまったんだと思う。ガン見されたからきっとその上級生も気持ち悪かったのかもしれない。

そして、40年近く、私はその言葉に呪われたまま過ごしている。

見ず知らずの上級生から発せられた言葉がなぜ未だに自分自身を縛るのだろう。

外見コンプレックスとの闘いは、ファッションセンスを磨いてくれもしたけれど、やはり気持ちで負けることが多い。
そういうときは「ああ、やっぱり自分はブスだからな」と納得している。

世間でいうところの「かわいい」とか「美人」というくくりにはどうあがいたところで入ることはできないのは分かっている。
平安時代なら豊富なストレートの黒髪だけで絶世の美女として君臨できた可能性はあるけれども。

かわいいと思われたいんだろうか。

そういうわけじゃないな。

ブスだと思われたくないのが本音かな。

とにかく外見的なコメントを誰かが発しているのを聞くと、私のことかもしれないとつい自意識過剰になる。

自分らしさを持てないまま、この先も生きていかないといけないのかしら。

逆に気持ちが強く持てるときは、「あの上級生に言われたままでいいの? 思うつぼじゃないの?」と自分を鼓舞できる。

「そうだよ、へこんでいたらアイツの思うつぼじゃないか」って。

まぁ、言った本人は絶対忘れているよね。

言葉は便利だけど怖いね。

なんでこんなこと思い出したかというと、今がまさにこの呪いの言葉に支配されている状態だからなんだな。40歳目前、体形の崩れもあって、自分のなりたくない40代像に着々となっていることに対して「まぁ、自分はブスだから仕方ないか」とあきらめる言い訳に使おうとしている。

「年齢が変わるんだから、体形だって変わるよ」と冷静に見れる自分もいる反面、不摂生の結果だよなと分かってもいてつらい。

やせるかやせないかはさておき、運動の習慣は取り戻そうとしている。健康でいるためには筋肉大切だから。

どうしたら幸せかな。
たぶん、ありのままの自分を受け入れられたら、呪いなんてバカバカしくなって、あっちいけー!って蹴飛ばせるんだろうな。

そうなりたい。

Author

ミノル
ミノル
「人生アバウト」をモットーに。
心地よく生きるための改善をすこーしずつカメの歩みのごとく進めているアラフォーです。

主婦業、レビュー(読書、映画、動画)、自分探しなど雑食気味なカテゴリーでブログを書いています。

★ストレングスファインダー:慎重さ・内省・共感性・分析思考・運命思考

★西洋占星術:ネイタル太陽♊、月♐、ASC♏

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


%d人のブロガーが「いいね」をつけました。