ガボール・マテ著『身体が「ノー」と言うとき-抑圧された感情の対価-』

投稿者: | 2021-06-18

ようやく読み終えた。

確認してみたら、メルカリで購入したのが今年の1月。そこから約半年かかった。なんとなく読書に身が入らない時期だったのもあるけれど、本の内容が重かった(というか自分自身に当てはめて考えてしまい立ち止まるパターンが連続した)せいでもある。

要約すると、自分のことをないがしろにすると、代わりに身体が病気という形で「ノー」を突き付けてくるよっていう話。ただ、この要約だとあまりにも簡素にしすぎている。本書で挙げられている実例こそ私にはより現実的な話としてとらえるためには必要だったので、ぜひ興味のある方は、本書を読んでいただきたい。

著者であるカナダの開業医ガボール・マテが自らの臨床において得た実例とともに、病気と患者その人となりには関連性があることをずーっと述べている本。

この本を読みながら、私自身についても考えた。

子供は子供らしく過ごせるのが一番なんだなぁってことと、誰かの代わりに自分の人生を生きちゃいかんのだなぁということを感じる。

そして「毒親」などという言葉に踊らされてもいけないなとも思った。

もちろんそういう毒にしかならない親の存在は認める。それによって自分自身の境界線があいまいなまま身体は大人になって、うまく社会や人と関わっていけない人生に対しても気の毒に思う。私自身がそういう大人になってしまっているのでより強く思う。

それでも、なんとなく親のせいにしているだけで何か変わるだろうか?と感じてもいた。その答えにつながりそうなことが書かれていたんじゃないだろうか。

やっぱり基本は自分なんだよ。親のせいだけにして、親に囚われているままだと、やはり一生親の影響下からは出られないよね。「他人に対してと同じように自分にも思いやりを持つ」この考え方いいなと思ったし、自分にも取り入れたい。

境界線を持つこと、自分に許しを与えること、セルフネグレクトをやめること。

中学に上がった時、とあるライトノベルを読んで、自分にもこんな世界観で話を作れるようになりたいなんて夢を描いた時期がある。それがなんとなく自分の将来の夢「小説家」につながった。

そして夢を追うことをやめた。なぜなら「他にも小説を書いている人はたくさんいるんだから、自分がやっても仕方ない」と思ったからだ。絵を描くことも好きだったけど、それも同じ理由で辞めた。小説も、絵も、先生や身近な大人から「お前にはできない」「そんなことしてどうする」というメッセージを受け取って、否定されたのが悲しかったのかもしれない。

下手の横好きでもいいやん。自分でやりたいと思ったことを自分でストップかけたら自分が一番悲しむよなぁ、なんであんな他人の一言でやめちゃったんだろうと今となっては考えられる。才能があるなしなんてどうでもよくて、自分がやりたければやればいいだけの話だ。

子供時代だけではなく、大人になっても自分を押さえつけていてはもったいないよ。

Author

ミノル
ミノル
「人生アバウト」をモットーに。
心地よく生きるための改善をすこーしずつカメの歩みのごとく進めているアラフォーです。

主婦業、レビュー(読書、映画、動画)、自分探しなど雑食気味なカテゴリーでブログを書いています。

★ストレングスファインダー:慎重さ・内省・共感性・分析思考・運命思考

★西洋占星術:ネイタル太陽♊、月♐、ASC♏

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